06.
「やっときたか、本日の主役!」
甲板に出るとそこはまさに宴の真っ最中。歓迎会や同僚と飲む機会がなかったわけではない私だったが、このようなバカ騒ぎといって支障のないイベントは初めての経験だ。
最初この場所で見た人数の何十倍といる男たちは全員酒を手に持ち、ある者は肩を組み、飲み比べをし、大声で怒鳴り、楽しそうな笑い声がそこらじゅうから聞こえてきている。
正直に言うと少々入り込みにくい。今まで私がいた環境と違いすぎるというか、経験がないというか、どうすればいいのかまるで分らない。
そう言えばこの世界に来てから、わからないと思うことばっかり。頭の中は常に疑問符でいっぱいとは、まるで体だけではなく中身まで幼くなった気分だ。
「おいおい、相変わらずぼーっとしたやつだな。聞いてんのか」
「あ、はい。サッチさん」
この人も周りと同じく酒が並々と注がれたジョッキ片手にこちらに歩いてきた。
「それ!それなしにしよーぜ」
「はい?」
主語とかすとっばしていきなりそれとか言われても何のことか?
「“さん”とか付けんなよ。何かむずむずするっつーの」
「えーっと、それじゃあ・・・」
「呼び捨てで言い。マルコとかその辺のやつも付ける必要ねぇぜ。俺らぁそんなお上品にできちゃあいないからな」
サッチはそう言って豪快に笑った。
「・・・わかりました。敬称なしで呼ばしてもらいます。でも、他の方は都度了承を取らないと気を悪くされるかも・・・」
いくらサッチがそう言ったところで、こんな小娘、しかも得体の知れない新人に呼び捨てにされては気に入らない人も出てくるだろう。そう思い言葉を続けたが、私の発言は横から遮られた。
「いいんじゃねぇか。そんなこと気にするやつはこの船にはいねぇだろーよい」
「はぁ。そうですか」
マルコもサッチに賛成らしく私に言い聞かせるようにこちらを見ながら言葉を続ける。
「敬語もいらねぇよい」
「・・・善処します」
この話方はもうさっそく癖と言っていいレベルのもので、私にとったらこちらの方が自然体だ。
「善処しますって、相変わらず中身と外見がちぐはぐな奴!」
何が面白かったのかサッチは腹を抱え笑いだした。マルコはマルコで微妙な顔をしているし、そんなにこの話方はおかしいのだろうか?
このぐらいの年のころはどうやって喋っていたか記憶を掘り起こしてみても、今と大して変わらなかったと思う。確かに知識や判断力、経験など色々大事なものは足りてなかったはずだが、それは今と比べての話で、同年代の子供と比べたら余程能力はあったと自負できる。自意識過剰ではなく、周りからも期待されていた。
笑うだけ笑ったら落ちついたのか「こっちこいよ主役」と私の手を取って盛り上がっている輪に入っていった。
騒いでいた男たちは子供というのが物珍しいのかちらちらとこちらをうかがいながら、サッチに声をかける。
「どっから攫って来たんだよサッチ」
「お前とうとうロリコンに転身か」
「それはテメーだろ。だれが攫うかボケ!」
「よっ、光源氏!」
「いいだろーは将来ぜってー美人になるぜ」
「美人になったらお前みたいなおっさん相手にしねぇよ」
まさに昔みたゴロツキ共の風景と違いない。
それでも、皆が楽しそうだということはわかる。口々に野次を飛ばしても本気で思っているわけではなく、からかっているだけだ。サッチもそれがわかっているから軽口で返すのだろう。
「おい、誰かに酒・・・いやジュース持ってきてやれよ」
「あったか、んなもん?」
「下戸野郎のために何本か用意してあったろ」
今の私に酒を飲ますわけにいかないと思ったのかサッチはジュースと言った。
確かに、子供の体に発育上酒はよくない。アルコール度数の低いものを多少ならまだしも、ここにあるのはおそらく度数はどれもこれも高いものばっかりだろう。しかも皆水のようにガバガバと飲んでいる。このペースに合わせていたら、私のような子供なんて一瞬でつぶれることを想像するなんて容易い。
「おらよ」
どこからか調達してきてくれたであろう飲み物を男が寄こす。
とっさに反応しなかった私に、酒かと疑っていると思われ「安心しろ、酒じゃなーよ」と説明までしてくれる。
受け取ったのを確認するとサッチは声を張り上げた。
「よっしゃーテメーらもう一回乾杯いくぞ!」
それを合図に自由にしていた男たちはジョッキやビアー樽を各々手に持ちこちらに視線を向けてきた。
「新しい仲間に・・・カンパーイ!!!」
それから先は再びバカ騒ぎと表記するのが正しい状態になった。
ただ最初と違うところはその中に私も含まれるというとことだ。私自身は騒いでいるわけではなく、周りを観察しながらちびちびジュースを飲んでいる。
そこに和の中心なサッチが絡んでくる。すると他の男たちも必然的に私に絡む、そうなると今度は勝手にバカ騒ぎをする。私は少し横にずれて観察しだす。最初に戻る。を見事に繰り返していた。
少し離れた所からはグラグラと白ひげの独特な笑い声が聞こえてき、この船全体が笑い声に包まれている気さえしてきた。
海賊というのはこんな呑気な職業だったのか、と笑い声にぼかされていく頭の片隅で思い浮かべた。
そう言えば、当初の目的の情報収集を・・・
って、こんな酔っ払いばっかりじゃむりか。今話しかけてもまともな答えが返ってくるとは思えず、今回は諦めよう。と私は傍観者に徹した。
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後書き
20100502